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札幌高等裁判所 昭和39年(ネ)34号 判決 1964年6月19日

控訴人 申請人 島口勝太郎

訴訟代理人 岩沢誠 外一名

被控訴人 被申請人 阿部孝吉

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。札幌地方裁判所が昭和三六年(ヨ)第二三二号建物工事禁止等仮処分事件について、昭和三六年七月二五日にした仮処分決定を認可する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上・法律上の陳述および疏明関係は、控訴人(債権者)において、甲第七号証の一ないし一六を提出し、「右は、いずれも、本件建物の写真である。」と附陳し、被控訴人(債務者)において、「右附陳事実は認める。」と述べたほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。(ただし、債権者の再抗弁中「現在使用不能」とあるのを「現在使用可能」と訂正し、また、添付の別紙目録中「木造柾葺平屋建居宅」とある下に「一棟二戸建」と附加する。)

理由

債務者先代阿部又蔵が債権者から本件土地を賃借し、その上に本件建物を建築所有していたこと、同人が昭和二二年八月死亡し、債務者が本件建物を、借地権諸共、相続によつて取得し、現にこれを所有していることは、当事者間に争いない事実である。

債権者は、右借地権は、その地上建物である本件建物の朽廃によつて消滅したと主張する。よつて証拠を按ずるに、甲第四号各証、同第七号各証、検乙第一号各証、同第二号証(以上いずれも本件建物の写真であることにつき、争いがない。)および乙第四号証(本件仮処分の本案訴訟である札幌地方裁判所昭和三六年(ワ)第五五三号事件における現場検証調書の写およびその附属写真であることにつき、争いがない。)ならびに原審証人中村喜次郎、同山崎良二、同小松元明の各証言および債務者の原審における本人訊問の結果を総合すると、本件二戸建一棟の建物の現況は、玄関、間仕切の戸障子もなく、窓、床板、外壁下見板も剥離し、外周り土台、外周り柱の下部等も腐蝕が著るしく、また屋根板も中央部分はなくなつており、到底人の居住に堪えないことが明らかである。もつとも、右小松証言によつて、昭和三六年六月外周り土台替え、外周り柱の一部の根継工事等を施工するため、下見板、床板を外し、戸障子・窓等の造作を撤去したこと、当時屋根には損傷がなかつたのが、本件仮処分の執行による工事中止後、近隣の子供のため屋根板がはがされたものであることなどが認められるので、現況が前認定のようであるからといつて、直ちに本件家屋朽廃の結論に赴くことはできない。しかし、前掲各証言からは、本件建物は昭和二年頃債務者先代又蔵が建築したものであつて、昭和三六年には、すでに建築後三十余年を経過していたこと、本件仮処分の申請される直前、すなわち債務者が改修工事にとりかかろうとした時には既に本件家屋には人が居住していなかつたと認められること等おも考え合せると、前掲各証の写真撮影当時の状況から推して、債権者主張の昭和三六年六月当時における本件家屋の廃朽損傷の程度はかなりのものであつたと認めざるを得ない。仮処分異議手続として本件で要求されるのは、疏明程度の心証なのであり、少なくともその程度では本件建物は朽廃したものと認めるのを相当とする。前掲証言中右趣旨に反する部分は採用しない。その他これを左右するに足る証拠はない。

債務者は、これに対し、本件建物と同一借地上に朽廃しない建物が存在するから、本件建物の朽廃による借地権消滅の効果は発生しない、と主張している。案ずるに、甲第一号証(土地賃貸借契約書であつて、成立に争いない。)、乙第二・三号証(それぞれ、地代通帳・供託証であつて、いずれも、成立に争いがない。)ならびに原審証人中村喜次郎の証言および債務者の原審における本人訊問の結果によると、大正一五年七月八日債務者先代が債権者と賃貸借契約を締結した際の目的物は、本件土地を含む一〇七坪の土地で、この借地権が債務者に承継されているものであり、その坪数は後に実測九六坪余と訂正されたが、債務者側は、先代以来この土地の全体について地代支払いをして来ているもので、本件土地だけの地代を区別して支払つたことはないこと、この略々一〇〇坪の土地に先代は本件建物に並んで同じく二戸建の建物をもう一棟建て、債務者はこれを相続し、現にこの建物には借家人が居住しており、朽廃してはいないことが認められる。

これに対し、債権者は、右建物が現在使用可能であるのは、昭和三二年に改築同然の大修繕を加えたためであつて、その修繕なかりせば現在既に朽廃状態にあるべかりしものであると主張するのであり、前認定事実からは、右建物と本件建物とは同じ頃に建築されたものと推認しうることと前記中村証言とを考え合せると、右債権者の主張事実は、疏明ありということができ、これをくつがえすに足る証拠はない。

しかしながら、借地上の建物を残存借地期間を超えて存続させるような改築同然の大修繕が借地人によつてなされる場合には、借地法第七条の法意を類推して、土地所有者は、これに対して異議を述べることができると解すべきであり、その反面、遅滞なく異議を述べずに修繕工事を完成させた以上、その後において、その修繕が改築同然のものであつたことを理由として、修繕なかりせば建物の朽廃すべき時期における借地権消滅の効果を主張することは許されない、と解するのを相当とするところ、本件において、債権者が右昭和三二年の大修繕に際し土地所有者として異議を申し入れたことは疏明されていないのであるから、債権者はこの隣接建物について朽廃の効果を云々することができないものといわなければならない。

そうすると、本件建物は朽廃しているけれども、それが建てられている借地上に隣接して建てられた方の建物が朽廃していないことになるが、借地上に二棟の建物がある場合、その一棟が朽廃しても、他の一棟が朽廃していないときは、他に特別の事情のないかぎり、朽廃建物の敷地部分についても借地権は消滅しないと解するのを相当とするから、債権者の主張は被保全権利の疏明なきに帰し、しかも本件では保証を以て疏明に代えることは相当でない。債権者の本件主張を理由なしとして、原決定を取り消し、原申請を却下した原審判決の結論は、結局正当である。

よつて本件控訴はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 臼居直道 裁判官 安久津武人 裁判官 倉田卓次)

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